★そら てんご★ 創作BLOG

私、そら てんごの創作物の紹介や日々徒然の想いを綴っていこうと思っています。

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  1. エッセー
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続『ウツ空からの平和論』(1)

またしても現れました、そらてんごと言ったところでしょうか?


先の平和論が平成27年でしたので、2年ぶりの登場になります。
2年前と違っていることは、現在プロの作家としてこれに望んでいることです。
しかしあまり好みではない論文のたぐいを書き始めています。
ですからお金は取りませんのでご安心下さい。(笑)
動機は先の平和論と全く一緒でして、やむに止まれぬ気持ちの高揚によるものです。
いえ、ある種の危機感と言ってもいいかも知れません。
これは私だけの危惧ではなくて、現在多くの国民が危惧している問題でもあります。
《北朝鮮が暴走を繰り返しているし、アメリカも強気の姿勢を崩してはいない》
《真っ先に戦火を受けるのは日本国ではないか》
《もしかしたら世界は戦争状態になるのではないか》
連日のニュース番組は、この話題で持ちっきりの状況であります。

シーッ、どさくさに紛れて政府は防衛力という名目で軍備を増強しています。
シーッ、戦闘支援という名目でアメリカと密に連携して北朝鮮を威嚇しています。

少し立ち止まって専守防衛について考えてみましょう。
その意味は攻撃を受けたときにのみ武力を行使して、自国を防衛することとあります。
ほんの少し前まで、日本は平和を貫いてきました。戦火は蚊帳の外の出来事でした。
そんないい意味での臆病で安心の国であった日本が、このままであれば米国と共に討ち死にをしかねない国になりつつあります。これはもうただ事ではありません。
いつの間にか“戦闘前提の自衛隊”なのであります。気がつくと多くの国民が悪い酒を飲まされて、戦闘、戦争やむなしの風潮に流されかねません。
気づくと“核の抑止力”という誤った平和主義に守られている錯覚に陥ろうとしています。
核には核で持って対抗するなどという誤った平和主義である限り、真の平和はあり得ません。つい先日まで核のない世界平和を目指していた日本は、一体どこに行ってしまったのでしょう。また、行こうとしているのでしょうか?
このままであれば、米国(或いは大国)の防波堤としての役割を果たすのがおちではありませんか。世界の大国(核を有する大国)に世界平和は任されません。

当国の首相は声高らかに、軍備力による平和主義を掲げて世界中を駆けずり回っています。
その行動力には敬服しますが、
《それは間違っている!! 世界に訴えるべきことが間違っている!!》
誰かが大声をあげて軌道修正しなければなりません。
《日本国の首相が世界各国に対して叫ぶべきは、対話による平和主義》であります。
積極的な核兵器廃絶と武力行使廃絶を叫んで世界を平和主義に導くべきであります。
それは一見非力な行動に見えるかも知れないが、真実の叫び声を挙げるべきです。
核で脅そうが武力で脅そうが、ひたすら対話を軸にして毅然とした態度で望むべきであります。ガンジーが叫び勝ち取った平和主義で行くべきだと思います。
相手が野蛮だからと言って、自分まで野蛮になってしまったら救われません。


先の大戦で二度にわたって原爆を浴びてきた日本。
戦後72年にわたって一度も戦火に見舞われることのなかった日本。
そんな日本が今さら軍備力を増強して何をしようとしているのでしょう。
いやな流れについて書きます。
北朝鮮の暴走を止めることのできない、いやな流れです。
今日の今日とて、北朝鮮による弾道ミサイル発射のニュースがあり、日本では今後弾道ミサイル防衛体制の見直しなどの議論が加速する可能性もあると報じられていました。
《ストップ!!》
ミサイル防衛体制の見直しとはもはや戦争を前提にした論評ではありませんか。
そうではなくて世界と共に暴挙を非難することが大事だと思います。
武器には防御をといくら言っても、戦争が始まってしまったら一巻の終わりです。
それこそ大国の驕りでしかありません。取り返しのつかない状況になります。

日本に武器は必要でない。
たとえ全世界が軍事力による平和主義を貫こうとも、戦争の悲惨さを訴えて毅然と世界平和を勝ち取っていける国は、世界の中で日本しかないのです。
そんな誇りを日本の指導者は持って欲しい。
綺麗ごとでは世界戦争を避けることが出来ないと言われるかもしれませんが、過去の戦争で得た教訓を訴えるべきです。戦争の残酷さを訴えるべきです。二度と悲惨な戦争を起こさない英断を他国に訴えるべきです。
攻撃を受けたときにのみ武力を行使して、自国を防衛すること。小国で軍備増強を頑張ってやり遂げてきた日本。そんな誤った平和主義が何を私たちにもたらしてくれたのだろう。
同じ憲法改正をやるのであれば、その反省を不戦と言う魂に置き換えて実行すべきだと私は思う。そうすれば沖縄に基地などいらないことに気づくのではなかろうか。
決して大袈裟では無くて、地球の今まで手に入れることのできなかった世界平和を築くことのできる国は、日本を抜きには語ることが出来ないと私は思っています。
例によって一気にここまで書き進めてきましたが、少々お疲れモードに成りました。
今日はこのあたりまでにしておきます。(笑) 

私のウツ症状はいまでも続いていますが、ウツと仲良く共存しています。
先日、主治医に小説家としてプロデビューすることを報告しましたら、自分事のように喜んで下さいました。


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カラスのガァコ(可愛い鳥たち)

今朝の大阪環状線の停車事故の原因は、駅のホームの天井に造られた、カラスの巣の落下が原因だと夕方のニュースで報道されていた。
      θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ 
なんでも巣の落下の瞬間をたまたま目撃した婦人がいたということである。
直接の原因はカラスの巣に使用されていた鉄製のハンガーであるらしい。
それの電線への落下でショート事故となったらしい。
      θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
どうやらカラスにとってクリーニング用のそのハンガーが巣作りの鉄筋として最適のようだ。どこかの建築屋さんにみならってもらいたいものです。
      θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
昔からカラスの頭脳はいいと言われてきた。
私の勤務するホテルは東山の高台に位置している。それでカラスは普通に飛んでいるが、私はその頭脳の良さに舌を巻いている。
      θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
例えば、私のホテルは温泉施設が併設されているのだが、冬場の夜中は異様である。カラスが座談会を始めるのだ。事情の知らない人にとっては気味が悪く聞こえるかも知れません。     θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
まだ明けやらぬ夜明け前ともなると、その温泉施設の屋根やら周辺がたいへん賑やかになる。カラスの集団デモである。いえ、奥様族の井戸端会議かも知れません。
      θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
私が確かめたわけではないが、それは多分温泉設備の排気が原因であろうと推察している。
      θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
私が夜勤勤務を始めて七年ほどになるが、毎年の冬場の風物詩になっているのは間違いない。彼らも冬場は寒いのだ。
♨ ♨ ♨ 風呂の湯気で温泉気分を満喫しているのであろうか。
      θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
冬場に限らずカラスはちょくちょくホテル近辺の木々にやってくる。どうやら嗅覚も鋭いようだ。 なかでもある一羽は、早朝の調理場付近におこぼれがないものかと日参している。 私が追い払おうとするとそれを察して、動こうならばさっさとエスケープしてしまう。
      θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
街中ではそこら中でゴミ袋を目当てにして、食べ物にありつこうとしているが、結構彼らは心臓が強くできているようだ。少々では動じない。
      θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
人間が近づこうとも、殺気のあるなしを感知している。つまり人間の顔色さえも感知しているようだ。その人間は害がないと判断すると、1m近くを歩いても平気で逃げようともしない。
      θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
京都は昔から鳩と共存しているが、その人間を恐れないしたたかさは鳩をも上回るのではないかと思っている。 私はその心臓に憧れさえ持っています。
      θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
ただ市内のカラスの存在は鳩の数には及ばない。彼らは人相的に不利である。忌み嫌われる黒色だからなのであろうか。しかしよくよくかれらの顔を見てやって下され。
つぶらな瞳で、けっこう可愛い顔をしていますよ。
      θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
そのてん鳩は恵まれている。台湾のように彼らが日本人の多くには食用でないのと、パン屑の餌付けをする人がいるからだ。おかげで糖尿の鳩もいるらしい。
私はまだカラスの餌付けを見かけたことがない。だから彼らは貧困層の部類だろう。ある意味可哀想でもあるが、健康でもある。
      θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
先日、勤務を終えて車で帰宅の途中、南座のある横断歩道の手前で信号停止した。
ここは半?スクランブル交差点である。だから横断歩道は歩行者専用である。
見るとカラスが一羽、私の目の前の横断歩道を、右から左に向かって悠々と歩いているではないか。
      θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
確かに朝の八時過ぎで日曜日だから人通りは少ないが、それでも何人かが歩いている横断歩道である。まるで人間と同じ目的で歩き渡っているとしか見えなかった。そして信号の切り替わりを知っているように車をうまく避けていた。
      θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
話は違うが、私の書斎の右側には鳥籠があり、そこに一羽のオカメインコ(雌)が住んでいる。
      θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
彼女の面倒は、二階に住む次女がエサなどの世話をしているが、暮らしているのは私の居住区である。私は悩める時は彼女に八つ当たり・・・いえいえ、慰められています。
θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
私は勤務と執筆で夜型人間であるが、彼女もかわいそうに、私と同じ生活リズムである。
      θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
寝不足なのか家族の誰かが居住区にいないと、盛んに「寂しいコール」で叫んでいる。
      θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
私が帰宅で玄関前に近づいたり、妻のバイクの音も聞き分けていて、バイクの音が私の耳に届かないうちから啼き始める。個別に人を使い分けしています。
      θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
鳥類には、人間にない鳥能力(超能力)が備わっているのであろうか。
      θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ θ
うちのベニコ(名前)は人間の歳で言えば、老齢の領域なのであろうが、その叫び声は衰えをしらないようだ。 それにつけても鳥類もまた、人間と変わらない喜怒哀楽が豊かであると気づくこの頃である。
彼や彼女に笑われない人生を送りたいと思っています。




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大地震

大惨事

個人的には想定外の九州中部の大震災でした。
妻の郷里が長崎の島原半島ですから、被害的には幸いでしたが、親戚が熊本にいたり別府にいたりしますから他人ごとではありません。
おかげでこの三日間睡眠不足のありさまです。

おまけに鬱症状が少々きつくて尚更です。昨日から薬の処方が変わり増えました。
四週間に一度の問診日でしたが二週間に一度受診することになりました。

数年前から鬱症状を上手にコントロールできていたのですが、執筆評価のよくない状況が続いていることも大きな要因だと認識しております。

それでも負けず嫌いの性格ですから、得意の「死んだふり」状態で、ひたすら睡眠を取るように心がけています。
ところが、大震災報道に引き込まれてしまい上記のように睡眠不足が続いているありさまです。トホホ(笑)

しかし日本列島はどうなってしまったのでしょう。兵庫の西日本大震災から数年周期で満遍なく列島のどこかで大地震が起こっているではありませんか。この分だと次は日頃噂され想定されている、南海沖の大地震や東京直下型の大地震もリアルに待ち構えているような気がしています。

ここ数年、私の住む京都府内の大洪水は何回か被災していますが、それでも大震災には及びません。
やはり昔の人が都をこの地に選定しただけあって、地の利があるのかもしれません。
それでも調べてみると、200年という遠い過去には大地震災害はあったわけで、逆に考えると京都は、大震災がいつ起こっても不思議ではない訳です。ここ数年間に起こっていないのが不思議でもあるのです。

この度の九州中部の大震災は、被災者には気の毒ですが、私達が、我が身だったらどうすればよいのかと考える機会でもあると思います。きっと訪れる明日のその日のために、今はこの度の犠牲者に対して、黙とうと祈りを捧げたいと思っています。


  1. ひとり言
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なつかしき再会


忍び寄る鬱症状に気が付かずに二ヶ月が過ぎていました。

実は二か月前の私の精神状態と言えば、体調が悪い状態だとの感覚は微塵も感じてはいませんでした。

はっきりしているのは執筆作業にのめり込んでいるとの自覚はありました。

だから、ブログやフェイスブックの更新ができないのだと、自分に言い聞かせ納得もしていました。

しかしブログやフェイスブックの更新ができないこと事態が、鬱症状そのものに犯されている証拠のようです。

私の場合は、自律神経の不調が鬱サインの目安であったことをやっと思い出しました。

それは気持ちの悪い汗をかいてしまったり、計画したスケジュールを忘れてしまったりです。

つい先日、カウンセリングを受けた時もええかっこしいの私は順調だと先生に強がりを言ったのですが、

最近耳鳴りがきついことをポロッと言ってしまいました。それで血圧を測ると上が180あってビックリ。

どうやら耳鳴りのきついことが血圧と関係しているようです。血圧を下げるお薬を処方されました。

これまで4週間の間隔でカウンセリングを受けていましたが、2週間後に訪問する羽目になりました。

しかし確かに耳鳴りも随分と楽になった気がしています。

これまでは高血圧などまったく意識せず、耳鳴りは睡眠不足がまねく私の持病だとばかり思っていましたので、

目からうろこの出来事でした。病の自己解釈はほどほどにしなくてはと反省しきりです。

――私は鴨川沿いの加茂街道を仕事先への車通勤で利用しているのですが、今日の桜が最高に美しいと感じました。

そして夜に入ってこの時間、無情の雨が降り始め、駐車場にとめてある車の上にハラハラと花びらが模様を描いています。

おそらく京都市内の桜は、この2,3日の命なのでしょう。

自分の人生の花は一体いつになったら咲くのでしょう……柄にもなく、少しネガティブな今夜の私です。

しばらくは鬱を刺激しないように、死んだふりで過ごしましょう。




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最近のニュース

ふと考えて見た。
世の中の仕組みがそれぞれ意味をもってなりたっちゅと考えるならば、毎日毎日報道されるニュースはそれぞれの生活の中でどんな意味をもっちゅうがやろうと。

例えば元ヒーローであった選手が麻薬に手を染めてしまった報道がある。
例えば俺は高校生から下宿生活やったから、早うから煙草に指を染めてしまった。

麻薬と煙草は程度が違うと言えば違うけんど、手も指も禁断症状は似ちゅう。(ナイナイ)
自慢じゃないけんど、40年来のヘビースモーカーがある日、それは鬱病発症と重なっちゅうけんど、禁煙して約10年になる。
元ヒーローと立場がちごうたらどうだろうか、俺だったら麻薬はやっぱりやらないと断言できるろうか。けんど禁煙程度で結構つらかったから、怖くて手も足も出さないと思う。

例えば元快活じゃった女性芸能人が、不倫関係で迷い自暴自棄にちかい状況と聞く。
例えば元不倫は文化だと豪語した男性芸能人がいるが、今ではイクメンに近い結婚生活をしちゅうらしい。
後者の場合は、おそらく相手の女性が賢いと俺はかってに思うちゅう。

恋は盲目という言葉があるが、俺とて盲目になりかけたことが多い。(ナイナイ)
けんど誰一人不幸にしちょらんということ断言ができる。差しさわりがあるきに深くは言えないけれど、傷つく、あるいは傷付ける愛や恋などは最低である。また、絶対に持続しない。

おそらく女性芸能人はこれまでよっぽど禁欲してきたのかもしれない。舞いあがっちゅう。
彼女の酔いから覚めたときを想像すると悲しい。

でも立ち直ってほしい。好きな芸能人だけに。



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プロフィール

そら てんご

Author:そら てんご
創作小説を書いています。生まれながらの龍馬おたくでウツ病作家をめざしています。ながく京都に住んじょります。主にSF小説が多いです。このブログはフランクに日常を語っていこうと思うちょります。宜しくお付き合いください。

★よかったら気軽にコメント等下さると喜びます★

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